このブログで、一番読まれている記事はこちらの『爽年』読了メモ。
departuresborderline.hatenadiary.jp
投稿から約3年になるのですが、今でもたくさんの方に読んでいただいていまして、とてもうれしい限りです。
そんな、私の人生を動かしたと言ってもいい『娼年』シリーズ。何度も読み返しては、欲望と優しさの物語に涙しているのですが、2021年1月に講談社文庫から発行された『初めて彼を買った日』に、『娼年』のプレストーリーとなる書き下ろしが編まれました。
2021年になって、『娼年』シリーズともう一度触れ合えた喜びをかみしめながら、読了メモを残しておこうと思います。
もうすぐ二十八歳の誕生日を迎える瑞穂が親友からボーイズクラブのカードをもらう。最高の年齢のはずの二十七歳が、セックスはおろかキスさえせずに終わろうとしていた。迷った末クラブに連絡すると……。『娼年』のプレストーリーの表題作を始め、倒錯、童貞、近親など愉悦の世界を美しく描いた八つの物語。
文庫裏表紙より
以下、ネタバレと性描写があります。
1.「ミズホ」さんとは誰なのか。
『娼年』シリーズは、クラブパッションというボーイズクラブで働く「リョウ」と、それを取り巻く人々を描いた美しく切ないラブストーリー。『娼年』、『逝年』、『爽年』と3部作で構成され、女性の繊細な感情描写や、それを受けて成長していく「リョウ」のこまやかかつ大胆な情景描写が非常に美しい作品です。
『初めて彼を買った日』は、『娼年』プレストーリーということで、あまり本編と交わる部分はないと決めつけて読み始めたのですが、なんというか、ひとつひとつの出来事がパラレルワールドのように広がっていって、不思議な気持ちになるんです。
『初めて彼を買った日』の主人公となるのは、もうすぐ二十八歳の誕生日を迎える「瑞穂」という女性。
実は、「ミズホ」という名前の女性は『爽年』にも登場しているのですが、おそらく『初めて彼を買った日』に登場する「瑞穂」さんは、『娼年』シリーズに出てくるさまざまな女性を混ぜた人なのではないかな、と思います。
たとえば、『爽年』に出てくる「ミズホ」さんは、「リョウ」が一番美しい女性だったと賞賛している。これは『初めて彼を買った日』の「瑞穂」さんが「見た目は上の中」と自己評価している部分とつながるのではないでしょうか。
また、『逝年』で登場する「チサト」さんの「わたし胸はまるで感じないから」という台詞は、『初めて彼を買った日』の「瑞穂」さんが発する「わたし、胸があまり感じないんだ」という台詞とどこかぶつかる。
私が拾えていないだけで、たぶんこのほかにもさまざまな女性が「瑞穂」さんという女性につながっている気がしてしまうんです。というのも『娼年』シリーズを楽しんだ私から見た「瑞穂」さんは、あまり初対面な感じがしないんですね。どこかで会った登場人物のように感じてしまって。
2.パートナーに求める50点
「あの男(女)は下手だった」とか「身体の相性が悪かった」とか。私も含め、このくらいの年齢の”まだ遊んでても怒られない人種”は、そういった台詞を吐きがちな気がします。
多少は、そういうこともあるかもしれません。
だってどうしてもしっくりこないことってあるもん。私の経験上でしかないけど。
でも、その意見をやわらかく、否定ではなく訂正してくれるのが、石田衣良先生が描く「リョウ」という人物。
「あの、どんな男でも、セックスのときにできるのは五十パーセントですから。上手いとか下手とか、みんないいたがりますけど、四十点と五十点の沙なんて、たったの十点です」
「あとの五十点は?」
(中略)
「もちろん女の人が五十点です。今日はすごく上手くあわせてくれたから、こんなにいいことができた。瑞穂さんに感謝です。」
「じゃあ、わたしたちの相性がよかったんだね」
「ええ、そうかもしれません。でも、相性ってあやふやで、急によくなったりすることもありますから。ぼくは相性が悪いといって、パートナーをすぐ切り捨てる人が苦手なんです。好きで楽しみながら努力すれば、絶対によくなるはずだから」
なんども言っているけれど、石田先生は女性なんじゃないかなと毎回錯覚します。どうしてこうも、女性が欲しいと思う言葉を美しく紡ぎ、こうして物語の中の登場人物に語らせることができるのだろう。
今回「リョウ」が伝えてくれたのは、相性とか、片方の欠損だけがすべてではないのだということ。100点は男女の50点同士が足し算されて出来上がるもので、どちらかが生み出せる点数は最高でも50点なのであると。
その50点も、相性がよかったとか、悪かったで片づけられる問題じゃない。好きで、楽しみながら、努力する。それがいかに容易く、難しいことであるかが、このカギカッコだけで読み取れる……。すごい作品だなと思います。
3.まとめ
『娼年』シリーズの生々しさを、ライトに引継ぎ、そしてもう一つの物語を見せてくれた『初めて彼を買った日』。数ページの短編なのに、そこに詰め込まれた性愛の美しさは本当に重くて儚い。
ますます、大好きで、大切な物語になってしまいます。困っちゃうよ。
ちなみにこのほかに収録されている短編も、どれも非常によかったです。
イチオシは『ひとつになるまでの時間』。