お久しぶりです。久々に「これはブログ書きたい」と思う作品に出合えたので読了メモ更新。
本屋に行く気分だな~と思ったとき、私は自分に問います。
「心して読むか? 息抜きで読むか?」
おそらくこの日の私の気分は、「息抜きで本を読みたい」のだったと思います。比較的ページ数の少なめな文庫を数冊手に入れていたようです。おそらくこれについては「表紙の女の子かわいい~!」なんて思いながら手にとったんだろうなと。
ひそかに恋心をいだいていた幼馴染が高校生のとき不慮の事故で亡くなり、その後残された男の子と、“浮いている”一ノ瀬ユウナの物語です。
初出は2021年11月、書き下ろし単行本。その後、2024年6月に文庫化されました。実は私、乙一先生の本とはなぜかご縁がなくて。初めての乙一作品です。大傑作と言われる「百瀬、こっちを向いて。」もたぶん本棚で埃をかぶっているはずなので読もう。
高校2年の夏休み、幼馴染の一ノ瀬ユウナが死んだ。喪失感を抱えながら迎えた大晦日、大地はふと家にあった線香花火をともすと、幽霊となったユウナが現れる。どうやら生前好きだった線香花火をともしたときだけ姿を現すらしい。その日から何度も火を点けて彼女と会話する大地だったが、肝心な気持ちを言えないまま製造中止の花火は、4、3、2本と減り――。乙一の真骨頂!感涙必至の青春恋愛長編。
文庫版裏表紙より
以下、だいぶネタバレあります。
1.彼女の死が、あまりにもあっけなくて
一ノ瀬ユウナというかわいらしい女の子。文章だけ見ても、「クラスのマドンナじゃないかもしれないけれど、ひそかにモテる系の女の子だな」と想像がつきます。
タイトルから「ああ、この子は亡くなるんだな」ってわかりますよね。ただ私、「殺害された」とか「クルマに撥ねられた」とか、対人に憎悪ができる亡くなり方なんじゃないかと思っていて。小説としてはそちらのほうが書きやすいんじゃないかなと思うし、怒りの矛先が誰かに向かっているほうが読者もわかりやすいかもって。
結果、一ノ瀬ユウナは不慮の事故で亡くなります。常にちょっと抜けている一ノ瀬ユウナは、増水した用水路に自転車ごと落ち、その下流で「浮いている」状態で見つかった……。タイトルに出てくる「一ノ瀬ユウナが浮いている」のシーンですね。
なんとあっけない。え、誰に怒りをぶつければいいのか。しいて言うなら天候か、そこに用水路を作った人か。……読者としてもやるせない思い。そりゃ主人公の大地だってダメになるよ。
ここまであっけなく、突然、ヒロインの命を消す。乙一さんの文章、この時点ですごくいいなと思い始めていました。
2.線香花火が減るドキドキ、対人の怒りは読者のみが持つ
大晦日、大地は一ノ瀬ユウナが好きだった線香花火を思いつきで点す。そうすると……一ノ瀬ユウナが浮いていた。これが2回目の「一ノ瀬ユウナが浮いている」ですね。
大地が必死になって線香花火をかき集める姿がなんとも切ない。これがあれば、好きだった人の幽霊と会える。好きだった人と共に時間を過ごせる。
文庫版あらすじにあるように、この線香花火は製造中止になっているもので、すでに市場に出回っているもので終わり。大地はそれを知ってゆっくりゆっくりかみしめながら一ノ瀬ユウナとの時間を味わっていく。
「残り◎本」というカウントは、自分の心を整理するためのカウントであって、突如これがなくなってしまうだなんて大地は思わなかったでしょう。大切に机の引き出しにしまっておいた残りの線香花火を、自宅に遊びにきた親戚の子に遊ばれてしまっているだなんて思わない。
読者目線で言えば、私はこの作品で唯一、この悪ガキたちに怒りを覚えました。でも、大地は怒らなかったし怒れなかった。自分がやっていることは「一ノ瀬ユウナを地上につなぎとめる作業」であるから。いくらたっても一ノ瀬ユウナは成仏できていないことを知っているから。
……なんだか失恋みたいだなぁ。突然訪れる「別れよう」みたいな。相手はずっと考えて気持ちに整理をつけて伝えたのかもしれないけど、こちらは突然の喪失感に心を揺さぶられて、なにもできなくなってしまうような。
大地もそうだったんでしょう。結局線香花火をなくした後、大学受験は失敗して廃人同然になった。その痛みを、「大好きな人が亡くなる」という経験はしたことはないけれど、「大好きな人を失う」という経験が補完している。誰もが共感できる作り。さすがとしか言いようがありませんでした。
3.タイムカプセルの伏線改修
ラストはいい意味で想像ができてよかったなと思いました。幼馴染たちで埋めたタイムカプセルを掘り出した、その後。一ノ瀬ユウナのタイムカプセルに大好きな線香花火が1本だけあって。27歳の大地は一ノ瀬ユウナを呼び出す。
それまでちゃんとした「さよなら」ができていなかった大地は、この最後の1本で一ノ瀬ユウナに告白と、さよならをする。このあたりは泣いてしまって読み切るのに苦労しました。
4.まとめ
すごくいい作品だったと思います。ほぼイッキ読みできてしまった。大地がその後、都内の小さな出版社で働いているという部分も、私には共感ポイントだったのかも。
人間って、ちゃんとしたお別れをできないといつまでも心に残ってしまうものなんだろうなって思わされる作品でした。
3年前かな、ずーっと昔に付き合っていた人から「あの時言いたいことも言えないでお別れしてごめん」って連絡があったことを思い出して。彼はきっと今楽しく生きているんだと思うし、私ももうずいぶん昔に忘れようとしてしまっていたんだけど、区切りがあったことでずいぶんとラクになったんだよなぁって。
大地はそれを死人と繰り返した。SFのような設定だけど、感情そのものは誰にでもある大傑作でした。