※明るいテーマではないです
結構、軽率に死にたいと思う人生を生きている。
最初の自殺願望は中学生のころ。クラスでいじめにあい、とはいえ不登校になれる環境もなく。
最終的にわたしは現在、中学3年間の記憶がごっそり抜けている。前段のいじめにあったというのも、母から聞いたことだから自分の記憶ではない。いいんだと思う。思い出したくないし。
次の死にたいは大学4年生のころ。学生生活と並行して週刊誌の記者をしていたわたしは、あまりの多忙さにプッツリと何かが切れ、ある日ベッドから起き上がれなくなった。
その「ある日」はわたしの卒論提出日で。夕方までに教務課に卒論を持っていかねば卒業できない!という状況の日。動かない体でスマホを操作し、まるで3歳児のように泣きじゃくって母に電話した。母はただごとではないとあわてて仕事を休み、実家のある群馬から当時住んでいた千葉まで駆けつけてくれた。
結局その卒論を出しても、卒業できなかったのがオチ。
3度目は新卒で勤めた地元の広告代理店で。前述のようなことがあったから、留年後の就職は地元に戻った。「この人の前で手首を切ったら、どんな顔をするのかな」と40日間考え続けた。結局入社2か月と持たず辞めた。
その後転職を経て、再度フリーランスになった。とある案件の担当者との相性が悪く、深夜3時の原稿提出、20回を超える理不尽な再校作り……病んだ。
当時一緒に暮らしていた恋人の前で、わけもわからず発狂し、毎晩過呼吸になって倒れたりした。絶対死ねないのに、3階にあったマンションの自室ベランダのヘリに立って、見つけた近所住人に通報されたりした。
今も親友である友達の紹介でメンタルクリニックに行ったら、適応障害だった。あの頃の私は、今考えてもイかれていた。どう考えても人間じゃなかった。
今も、何かを「辞める」指針は「死にたい」という言葉が頭をよぎるかどうかと決めている。
ただ、最近「死にたい」が「辞めたい」という直接的な、道理的な言葉に置き換わってきた。たぶん、ねこのおかげだと思う。
私が死んだら、ねこは頼る人がいない。ねこにとって、私という人間が世界のすべてなんだと思ったら、全然「死にたい」は思わない人生に変わってきた。……そう考えると、実家の歴代犬たちに向ける顔がないけども……全員愛していたけど、私がいなくなっても大丈夫という状況ではあったからね。
もともと辞めることに抵抗があるタイプで、できれば長く続けたいと思う。おかれた場所で咲きたいタイプなんだと思う。
それでも、ひとつ、区切りをつける決断をした。過呼吸になったし、胃痛もあったし、かなり身体にはキていた状態だったと思う。それでも、「死にたい」はよぎらなかった。
ねこ、私を人間にしてくれてありがとう。
ねこに生かされているお話でした。