色々なジャンルの小説を読んでいると、たまーに来る「メシモノ小説読みたい欲」。バレンタインが過ぎたあたりから、甘味の効いた小説が読みたくなって、本屋に足を運びました。その時たまたま目に入ったのが今回の作品。近藤史恵『ときどき旅に出るカフェ』です。
初出は2017年刊行の単行本。2019年11月に文庫化され、その後すぐに重版。現在流通している刊は第4刷のようです。すごいハイペース。
はじめは短編小説集かな?と思っていたのですが、読んでみたら連作短編集でした。途中で止めることなく、するすると読めてしまう近藤作品の読みやすさはさすがのもの。3時間ほどで一気読みしてしまいました。
以下、多少のネタバレあります。
1.世界をおすそ分けする。そんなコンセプトのカフェ
舞台となる「カフェ・ルーズ」は、主人公である瑛子の職場で以前働いていた、円が一人で切り盛りする小さな小さなカフェ。決まった定休日はない代わりに、毎月月初10日ほどをお休みにし、円が世界各国で見聞き食べてきたカフェメニューを再現して提供する、というコンセプトのカフェです。
たまたま自宅近くにあったカフェ・ルーズに足を踏み入れた瑛子は、たちまちカフェ・ルーズの常連客に。円の確かな目と舌で選ばれた世界各国のドリンクメニューやスイーツ、料理を味わっていくことになります。
この作品中で取り上げられるドリンクやスイーツは、どれも耳馴染みのないものばかり。オーストリアのハーブレモネード「アルムドゥドラー」やドイツの”ロシア風”チーズケーキ「ツップフクーヘン」、ポルトガルのスイーツ「セラドゥーラ」、香港のドリンク「鴛鴦茶(ユンヨンチャ)」…
読み進めていくと、一つ一つのメニューの解説が丁寧になされていて、そのメニューが生み出されるに至った経緯や異国圏の文化の違いなども知ることができます。
カフェ・ルーズは東京23区に所在するという記載があるのですが、東京23区の”世界中を旅するカフェ”というコンセプトは、なかなかおもしろいものでした。わからないメニューは時々スマホで画像検索しながら読んでいたのですが、ああ、おちついた感じのカフェでこういったスイーツを楽しめたら素敵だなぁ、と感じました。
中華圏とオーストリアが少しボリューム厚めかな?とも思いました。近藤先生はそちらによく行かれるのかしら…?
2.王道メシモノ小説にプラスされたミステリ要素
この作品は王道メシモノ小説でもあるのですが、「メニューを並べる連続短編」という役割だけでなく、後ろで微かに灯るミステリ要素が面白いです。
たいていのミステリ要素は1話完結型で、さらにそれにかぶせて円の家庭事情を紐解く大謎を仕掛けています。これも、ありがちなミステリー構成。だけどそのシンプルさもあって、メシモノ小説との同時進行が非常に読みやすい作品になっていると感じました。
面白かったのが、カフェ店主の円の観察眼で、日常に起こる2つの恋愛トラブルを解決…(終結?)するお話。謎解きというわけではないのですが、随所にヒントが散りばめられていたので、それが線でつながる瞬間は「なるほど~~」と言わざるを得ませんでした。
ただし、すべてがハッピーエンドではないのもポイント。解決=ハッピーエンドではなく、登場人物たちにとってはバッドエンドともなり得る糸口にたどり着く物語も何編か含まれています。
どちらにせよ、物語の運びが王道なだけに読みやすい。登場人物のその後が気になる物語でもありました。
3.まとめ
非常に読みやすい。小説苦手な人にもおすすめできるメシモノ作品かつミステリ作品だなと思いました。ただし本格的な謎解き要素を求める人にはおすすめできないかもしれません。
文体も難しい言い回しなどはなく、登場人物の名前も覚えやすいので、短時間でさっくりと読めると思います。覚えられないのはメニューの名前くらい笑。
もしシリーズ化したら手を伸ばしてしまうなと思いました。もうちょっとライトめなレーベルから出ててもおかしくないくらい。双葉社ってライトレーベルはモンスター文庫しかないんですよね~。集英社のオレンジ文庫や新潮社の新潮社nexみたいな中間層レーベルに属する作品なんじゃないかなーとも思いました。