Departure's borderline

フリーランス編集/ライターのいろいろな興味事

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少年が青年に成長し、壮年を迎えるお話 ー『爽年』読了メモ

 
今年の桜は特に早かったですね。気づいたら葉桜でした。
日本人は本当に桜が好きだと思う。
気象情報で毎日のように開花予想を眺め、三分咲きにでもなろうものなら、お酒を片手に気のしれた人々と外へ繰り出す。卒業式、入学式、入社式…人生の節目にはだいたい桜がある。
 
2001年、『娼年』が発表されてから17年をかけて、2018年4月5日の『爽年』発売を以て娼年シリーズは遂に完結した。見事な桜色の表装、連想したのは桜(と咲良)。勝手な連想だけどね。
2001年というと、私はたったの6歳だから、もちろん『娼年』を手にとったのはもっと先のことである。
それでも、私の中で、『娼年シリーズ』は私のたった22年の人生で片手の指に入るほど、自分の人生を変えた作品だった。
 

 

爽年

爽年

 

 

 今回でぼくの物語は最後になるだろう。果てない巡礼にも、長らく続いた航海にも終わりのときはやってくる。それは巡礼者が目的のこたえを見つけ、帰るべき港に到着したからだ。
 七年間を超える男娼生活が、ぼくをどんなふうに変え、どんなふうに変えなかったか。
 一生の仕事だと考えていた娼夫という仕事にどんなふうに決着をつけたか、ゆっくりとおつきあいいただきたい。
 これは現代の性と「性の不可能性」を巡る現場からの報告だ。
(本文一部抜粋)
 
娼年』『逝年』に関して、すでに読み進めている前提での私なりの読了メモです。
以下ネタバレあります。
 

 

 
 

石田衣良先生が描く女性の魅力と男性の強さ

 
シリーズを通じて、多くの女性と身体を重ねてきたリョウ。今回も、ストーリーと女性メモリーそれぞれ、リョウ1人称視点の回顧録のように進んでいきます。
 
今回の『爽年』で、リョウのお客として登場する様々な境遇の女性たち。
40代を過ぎて処女を捨てる決意をしたセリナ。
やせ細り、男性に触れられることを怖がるノン。
京都在住だが、たまに東京に来る時、買い物に付き合ってほしいという無性愛者のミズホ。
料理人であり、独特の性感帯を持つバジル…
 
それぞれの女性が、自分の中になにかコンプレックスだったり、秘め事がある。「リョウになら、この秘め事を打ち明けてもいいかもしれない__」そう考えた女性たちは、決して安くはないお金を払って、リョウを1時間いくらで買う。
ではなぜ、打ち明ける相手がリョウでなければいけなかったのか。あるいは、なぜリョウを打ち明ける相手に選んだのか。
 
 
コンプレックスだとか、秘め事がひとつもない女性なんてこの世には存在しないだろう。それを、息をするように当たり前に、一人ひとりの、(見た目という概念ではなく)美しい女性に肉付けしていく石田先生の女性描写。毎回毎回、石田先生は本当は女なんじゃないかと錯覚する。
忘れてはならないのが、人間、生きていれば必ず歳を取ること。時間は平等である。そして、多くの、ほとんどの女性が、老いると共に自分の価値が無くなると思っている。まるで機械の経年劣化のように。
 
1人目の客であるセリナは、その経年劣化を気にする女性だ。周りより少し仕事や勉強をした。いつのまにか40代を過ぎていた。
「四十すぎの処女なんて気持ち悪いよね。」
そう問われた時、リョウはこう返します。
「それだけ大切に守ってきたものを、今日は捨てようと勇気をだしてきてくれたんですよね」
「年齢なんて関係ないですよ。セックスをたのしむには、人それぞれにぴったりの年齢があるみたいです」
 
リョウに、裏表はないというか、仕事として割り切ってるわけではなく、思ったことをそのまま口にしているんだと思う。これって、普通なようで簡単にはできないこと。どうしても人って仕事とか、自分より優位に立っている人に対して、自分を飾りたくなるからね。リョウは女性に一時間いくらのお金で買ってもらっている人間なのに、自分を飾ろうとしない。
これこそが、石田先生の描く男性の強さなんだと思う。
 
 
 

あくまで性交渉の話

 
「ぼくはセックスが好きというより、仕事としてのセックスとか、仕事を通じて女性を理解することが好きなんだと思う。セックスにはそんなに秘密はないけど、女性の心には秘密がたくさんある。」
「心の秘密は女性の身体にでるんだ。それを読み解くのがうれしい。セックスをするたびに誰も読んだことのない暗号を解読している気になるんだ。自分でも変だと思うよ」
 
リョウが女性との性交渉をこう表している。うーん、これ、共感できる男性はどのくらいいるのだろう。いたら是非教えて下さいね。
女性観点からすると、こう思ってくれる男性とできるのはめちゃくちゃ楽しいと思う。お互い楽しんでいるわけだからね。
 
 

アズマの最期、咲良との新しい命

 
ラスト、ずっとクラブパッションを支えてきたアズマが亡くなります。
実は、小説すばるのときから、このシーンは信じられなくて、というか私の中でなかなか受け入れられなくて、単行本になったらラストが変わるんじゃないかと思ってた(そんなことは絶対ないんだけど)。
 
痛みと苦しみのみが快感に変わるという特別な感覚を持つアズマ。首を絞められて死ぬ時、彼はどれほどの快感に溺れたのだろうか。きっと、極上の快感を味わって死んだのだろう。
 
時を同じくして、咲良がリョウの子を身籠る。そして、アズマの死をきっかけに、二人は生まれてくる子に、男の子でも女の子でも「アズマ」と名付けることを決める…。
 
娼夫という仕事をしつつ、命が消える瞬間、生まれる瞬間に立ち会う、輪廻転生の力強さと、リョウの力強さに脱帽。
今後、クラブパッションがどうなるかは描かれていないけれど、これでリョウはきっと幸せになれる。幸せになってほしい。ただそれだけを願えるシリーズが完結。
 
 
私の人生を、大きく変えた、かけがえの無い3冊でした。